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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和31年(ネ)208号 判決

控訴人 北山政次

被控訴人 北山信一 外一二名

主文

原判決中、控訴人に関する部分を取消す。

控訴人に対する被控訴人らの本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

本判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、疏明の提出、援用は、控訴代理人において、本件仮処分命令は、夏季渇水期が過ぎた現在においては、事情の変更により、これを維持すべき必要性は消滅したものであるから、当然取消さるべきものであると述べ〈立証省略〉たほかは、すべて原判決の事実欄に記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

石川県羽咋郡志雄町を貫流する志雄川は、同町の大部分の田地を養う灌漑用水となつており、同町字向瀬及び字石坂部落農民は、向瀬と走入の中間にある松木平用水(志雄川の用水路)を以てその田地を灌漑し、また同町字吉野屋、字菅原、字杉野屋、字子浦の農民は、字散田地内にある四ケ村用水(志雄川の用水路)を以て、それぞれその耕作田地を灌漑しているものであること、被控訴人らは、いずれも肩書住所の同町字向瀬、字石坂及び字菅原における農業経営者として、所属部落において、各自その主張のような田地を耕作し、前記用水によつて灌漑しているものであることは本件当事者間に争いがない。

当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一号証、成立に争いのない甲第二号証の一、二に、原審における被控訴本人北山信一の供述及び成立に争いのない甲第十一号証並びに原審検証の結果によれば、前記松木平用水並びに四ケ村用水は、被控訴人ら主張の各部落農民及びその下流農民において、古く旧藩時代から、永年にわたる慣行として志雄川から引水して田地の灌漑用水に使用して来たものであつて、右灌漑用水については、用水使用者において常時志雄川の全流水について、他人の使用を排除して、これを独占的に利用する権利を有するものではないが、渇水期においては、灌漑のために必要とする最少限度の需用量を確保する限度においては、第三者に対し優先的に流水を使用することができる慣習法上の流水利用権を有するものであることが疏明せられたものとすることができる。そして控訴人の全疏明によつても、いまだ右被控訴人らの疏明をくつがえすに足りない。

控訴人は、被控訴人らに対して右のような流水利用権ないし専用権を認容するときは、志雄川上流において、新らたに水田を造成したものに対する同川の流水使用を不可能とし、引いては控訴人の水田稲作を禁止するに等しい結果となり、控訴人の基本的人権である生活権を侵害するものであると主張するので案ずるに、公川の流水については、その沿岸住民は、特別の事由がない限り、各自の需用に応じて、平等にこれを利用することができるものと解すべきであり、弁論の全趣旨により、公川と認められる本件志雄川についても、豊水時または灌漑用水を必要としない時期においては、その沿岸住民は流水を共同利用する権利を有するものとするのが相当であるけれども、すでにして、被控訴人ら部落農民が志雄川の流水について前記のような慣習法上の流水利用権を取得するに至つた以上は、被控訴人らの灌漑用水を充たし得ない渇水期においては、沿岸住民といえども、右用水権者の同意なくしては、これらの者が有する既取権を侵害して、新らたに同川の流水を使用することができないものであることは、けだし当然とすべきであろう。

ところで、控訴人が昭和三一年六月初旬頃、松木平用水上流の走入部落附近で志雄川の水流に、直径一吋半の鉄管を差入れ、七馬力程度の電動機とポンプを以て揚水設備をなしたことは当事者間に争いがなく、控訴人が右揚水設備を利用して、本件仮処分申請当時字走入所在の自己の水田に揚水していたことは、控訴人の明らかに争わないところである。原審における被控訴人北山信一、北山進、豊田正一の各供述及び成立に争いのない甲第九、第一〇、第一一号証に徴すると昭和三一年八月一〇日現在における松木平用水並びに四ケ村用水の各取入口における水位はそれぞれ一三糎及び九糎であつて、右二個の用水は、当時既にいずれも被控訴人らの田地を灌漑するための最少必要限度またはそれ以下にあつたこと、及び当時更にかん天が続くときは、被控訴人らの耕作田地はかんばつのため、著しい減収を来たすおそれがあつたことが認められるので、控訴人らは前記認定の流水利用権に基く現在の侵害排除請求権及び将来の侵害予防請求権保全のための緊急処置として、控訴人の右揚水設備による志雄川からの揚水禁止を求める必要性を有したものというべきであつて、原審が一応本件仮処分を認可したのは相当であるといわなければならない。

しかしながら、原審における被控訴人豊田正一の供述によつて明らかなように、被控訴人らの地方における水稲耕作については、灌漑用水を必要とする時期は、田植え以後九月一〇日頃までであつて、すでに稲の収穫を終つた後においては、灌漑用水を必要としないことは公知の事実であるから、当審における口頭弁論終結時(昭和三一年一〇月九日)においては、同年度における被控訴人らの最少限度の灌漑用水を確保せんとする本件仮処分の緊急性は、右事情の変更により、一応消滅したことは明らかである。もつとも、被控訴人らは、本件松木平及び四ケ村両用水は、例年夏季の渇水期には灌漑の必要量を充たし得ないと主張し、成立に争いのない甲第三、第九、第一一号の各証は一応右主張に副うものではあるが、これを当審証人干場正重の証言に照すときは、いまだ以てこの点に関する被控訴人らの主張を疏明し得たものとすることができない。のみならず河川の流水量の多少は、降雨その他の気象条件に左右されるものであるから、何人といえども、今からあらかじめ右両用水が灌漑用水の需用期において、被控訴人らの需要を充たし得ない限度に減水することを予測することはできないところである。しかも、もしそれ、原審における控訴本人の各供述(一、二回)によつて認められるように、控訴人の水田三反五畝歩は、本件仮処分による時間的給水によつては、田を養うことができず、結局干田化して作付稲作を放棄するの止むなきに至つた事情を勘案するときは、来米作年度及びその後における渇水の蓋然性の疏明は、保証を以てこれに代えることは相当でないと考えるので、結局被控訴人らの控訴人に対する本件仮処分は、前記事情の変更によつて、これを維持すべき理由が消滅したものであるから、これを取消すのが相当であり、被控訴人らの控訴人に対する本件仮処分申請はこれを却下すべきものである。

よつて、右と異つて、被控訴人らの控訴人に対する本件仮処分を認可した原判決はこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条、仮執行の宣言につき第七五六条の二、を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石谷三郎 岩崎善四郎 山田正武)

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